自分にしか見えないものがあると信じて
- TEXT / KADENZA編集部
- PHOTO / 田川 紘輝
- 撮影協力 / 四十萬谷本舗
かぶら寿しは知人に連れて行ってもらったお店で初めて食べました。あらためて今回食べてみてもおいしいですね。日本酒が欲しくなります。お酒を覚えたのはベルリンへ留学したあとだから、最初は日本酒なんてまったく受け付けなかったんですけど、ここ数年で飲めるようになったんですよ。

20歳の時からベルリンに住んでいますが、いま日本にも家を借りて2拠点生活になりました。ヨーロッパへの強い憧れを胸に留学したので、20代半ばの頃までは、日本的なものをあまり受け入れられなかったし、あちらに永住したいとずっと思っていました。実際に日本に来ても、なるべく短い滞在を心掛けてもいました。でもそのうちにパンデミックが起こって―簡単に行き来は出来ないから1か月半から2か月ほど滞在することが増えたんです。その中で、たとえば日本酒が美味しいということを、無性にうれしく感じる瞬間があることに気が付いたり。ドイツでも日本でも都合よく外国人をやろうと思えばできてしまいますが、そうではなくて日本人であることを受け入れて少し楽になれた気がします。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)との今回(※)のプログラムはシューマン・ガルデッラ・ブラームスの弾き振り。「モーツァルトの協奏曲を2つ」のほうが何事もなく終われるでしょうが、そうはしたくなかったのです。たとえ無茶だと言われても自分がやるなら――クラシック音楽を演奏することは「手垢」と戦わなきゃいけないわけですよね。今回演奏するブラームスのピアノ協奏曲第2番なんて皆さん一度は聞いたことがある有名な作品ですが、自分にしか見えないものがあるだろうって信じるからその曲を選ぶわけです。
今日のリハーサルでいろんなことを思いましたが、本番までにどう整えて、どこまで突き詰めて、本番どれだけ忘れられるか(笑)。僕は室内楽をやっていますが、それが一番いいんです。信頼しているパートナーだと郷古廉さんや横坂源さん、来年1月に音楽堂で共演する上野通明さんもそうですが、各々が真面目に取り組んで本番で全然違うことをはじめるけど、それがとても嬉しい。人数が多くなれば難しいかもしれないけど、コンチェルトは大きな室内楽になればいいなっていつも思っているし、今回のリハーサルで楽団員の皆さんが反応してくださって本当に幸せで――OEKは本当に大好きなオーケストラなんです。

今回の弾き振りは僕にとって新しい経験でとても嬉しいオファーでしたが、時折「なんで自分は人前に出ることが本当は嫌いなのに演奏しているんだろう」なんて考えたりもします。でもお話があれば今後も引き受けていくんです(笑)。これはきっと今日食べたかぶら寿しのように、すごくおいしいものを食べたら人に言いたくなりますよね。それと同じように「この音楽が好きだ」って想いを心に留めておけない。これは人間の本能なんじゃないのかなって思います。
出演:上野通明(チェロ)、北村朋幹(ピアノ)
演奏曲目:メンデルスゾーン「チェロ・ソナタ第1番」ほか
チケット発売日:10月10日(土)10:00予定
PROFILE
北村朋幹
東京音楽コンクール第1位・審査員大賞、浜松、シドニー、リーズ、ボン(ベートーヴェン)などの国際コンクールで入賞。
第75回芸術選奨 音楽部門 文部科学大臣新人賞、第76回文化庁芸術祭賞 レコード部門 優秀賞、第22回佐治敬三賞受賞。
録音は、新譜「アステリズム」を含む7タイトルのアルバムをフォンテックよりリリース。ベルリン在住。
SHOP INFO
四十萬屋本舗 金沢百番街店
石川県金沢市木ノ新保町1-1
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