新春スペシャル対談!
広上淳一✕野村萬斎
和と洋が融合した日本人ならではの芸術を石川・金沢から世界へ
共に石川県立音楽堂、オーケストラ・アンサンブル金沢という石川県の文化の発信拠点のリーダーを務めるお2人。能登半島地震から一年が過ぎ、まだ復興が思うように進んでいない中で文化活動を通して石川県の被災地にどう寄り添えるか。また、和と洋が共存する日本でも稀有な音楽堂において今後何をやっていきたいか、それぞれお話を伺いました。
- TEXT / KADENZA編集部
- PHOTO / ヒダキトモコ
文化芸術活動を通して能登にどうエールを送るか
広上 元日の地震はもちろんですが、9月に同じ場所で 狙い撃ちしたように豪雨があって本当に辛かったですね。萬斎さんも能登に心を寄せてらっしゃると思いますが、自分が関わっている場所が被害を受けているということをどんなふうに捉えてこれからを考えてらっしゃいますか。
萬斎 被害に遭われた方々に対してあらためてお見舞いを申し上げます。コロナのときと 同じで、こういう災難に遭ったときというのは非常に心が折れると思うんですが、明けない夜はないですから。文化芸術活動を通して、どうエールをお送りするか――変な話ですね、クラシックの世界も我々古典芸能の世界も数百年続いているというのは、人間が立ち直ってきたからこその証拠でもあります。また能登半島がどうなってしまうのか、ではなくこれから再生していくのだという希望をお持ちいただきたいと思いますね。
広上 同感です。そして和と洋が共存した石川県立音楽堂があって、ようやく今年の 10月に萬斎さんと共演できる。一緒に仕事をするのは初めてですね。

萬斎 マエストロとご一緒できて光栄です。上演を予定している「鷹姫」はイェイツというアイルランドの詩人がケルト神話と能の共通点に興味を持って書かれた「鷹の井戸」が元ですね。それを我々が逆輸入し て能をやっていたりするんですけれども、何かもっとそこの根源的なところでつながる部分は何か――我々の西洋的解釈、西洋からの日本的解釈、またケルト神話との接点が、今回オーケストレーションも含めた形で何か見出せるものがあるのか。和の精神みたいなものがクラシックの中に溶け出すような瞬間が立ち上らないかなと。
広上 そして我々が上演する「鷹姫」を海外に発信をしたいですね。我々の文化を西洋の人 たちにもっと伝えていく時代が来たかなって。私は西洋音楽をやってますけれども、日本人の奏でるベートーヴェン先生やモーツァルト先生の演奏に誇りを持つべきだと思うのです。

日本人が奏でる音に誇りを持つということ
萬斎 私からマエストロにぜひお尋ねしたいのは、日本人が奏でる西洋音楽って具体的にどんなものなのか。我々がやっている古典芸能だって本場みたいな顔をしながら、日本人にとってみれば海外のものをやるくらい不可思議 なものになっているかもしれないんですよね。
広上 私が指揮者として欧米に出ていったとき「日本人にベートーヴェンがわかるのか」とね。 小澤征爾先生の時代は随分言われたようですけれど、私の時代でもまだそう聞かれてしまうのかってことがありました。でも私はそこに劣等感はなくて、自分は西洋音楽が本場でない国で始めているけれど、どっちがいい悪いではなく卑屈になる必要もない。「我々日本人が奏でるベートーヴェンがあっていい」 という考え方ですね。
萬斎 単刀直入に聞いてしまいますが、一番の違いってありますか。
広上 いい意味でダイナミックですよ ね。あのぶわっとくるものっていうのは何なんだって――肉食なんですかね。我々はどちらかといえば魚。でも優劣ではなくて 違いで、それを誇るということが大事なのではないか。そしてこれから萬斎さんと共演しますが、和に触れて学ぶことで西洋音楽を演奏する指揮者としても西洋人にはない何かが私の中に宿るのではないかと考えています。例えば、私は萬斎さんが「どうする家康」で演じられた今川義元が踊るシーンをみて、その動きを指揮に応用することができるんですよ。吸収しようとすれば何ら障害はないというのが日本人の考え方ではないでしょうか。
和と洋がしのぎを削りながら一つになる

萬斎 この前ローマの日本文化会館で狂言の公演をしてきました。日本に興味を持つ方がこんなにいるんだっていうぐらいにいらっしゃいましたね。それからイタリアは毎回ジブリのファンが多いんです。ジブリ作品の根底にある精神ってかなり和ですからね。それをカトリックの人々が喜んでくださるという。
広上 彼らは東洋の文化に対する潜望や神秘さというのを肌で感じているかもしれません。私たちの文化って八百万の神が様々なものに宿るというね。
それってすごく大事な考え方じゃないかって思うようになってきたんです。
萬斎 それこそ多種多様な存在を認めるということの尊厳だと思いますよね。
広上 我々の芸術を全国に海外にと発信していくことは可能性があると思うし、そうすることで被災の方々にも元気を出してもらえたらと思います。
萬斎 和と洋が今回1つの形になっていくということで、マエストロとの共演も楽しみですし、こちらも一流の能楽師と一流の演奏家の方々とはどんなふうにしのぎを削るのか、ある種の和の精神になっていくのか――予想のつかないレベルになることを非常に楽しみしてます。

PROFILE
広上淳一
尾高惇忠にピアノと作曲を師事、音楽、音楽をすることを学ぶ。東京音楽大学指揮科卒業。26歳で第1回キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールに優勝。これまでノールショピング響、リンブルク響、ロイヤル・リヴァプール・フィル、コロンバス響、京都市響のポストを歴任。フランス国立管、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、コンセルトヘボウ管、モントリオール響、イスラエル・フィル、ロンドン響、ウィーン響、サンクトペテルブルク・フィルなどへ客演を重ねる。オペラの分野でもシドニー歌劇場へのデビュー以来、数々のプロダクションを指揮。現在、オーケストラ・アンサンブル金沢アーティスティック・リーダー、日本フィルハーモニー交響楽団フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)、札幌交響楽団友情指揮者、京都市交響楽団広上淳一。マレーシア フィルハーモニー管弦楽団音楽監督。また、東京音大指揮科教授として教育活動にも情熱を注いでいる。

PROFILE
野村萬斎
祖父・故六世野村万蔵及び父・野村万作に師事。重要無形文化財総合指定保持者。東京芸術大学音楽学部卒業。「狂言ござる乃座」主宰。国内外で多数の狂言・能公演に参加、普及に貢献する一方、現代劇や映画・テレビドラマの主演、古典の技法を駆使した作品の演出等幅広く活躍。現在の日本の文化芸術を牽引するトップランナーのひとり。芸術祭新人賞・優秀賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、朝日舞台芸術賞、紀伊國屋演劇賞、毎日芸術賞千田是也賞、読売演劇大賞最優秀作品賞、観世寿夫記念法政大学能楽賞、松尾芸能賞大賞、2024年5月坪内逍遥大賞を受賞した。全国公立文化施設協会会長。