萬斎のおもちゃ箱 Vol.4 鷹姫とオーケストラ
- TEXT / 渡辺和(音楽ジャーナリスト)
野村萬斎がオーケストラ・アンサンブル金沢(以下、OEK)とタッグを組むことによって新たな舞台を生み出す「萬斎のおもちゃ箱」。これまで題材は「ボレロ」や「真夏の夜の夢」など西洋音楽と伝統芸能との出会いだったが、今回は現代能「鷹姫」。能や謡に日本人作曲家が手掛けたオーケストラ現代曲が加わって想像される前衛的な舞台となる。

―「鷹姫」とは、どのような作品なのでしょうか。
イェイツの独特の世界で、「永遠の命を授かる水を求め絶海の孤島にやってくる侵略者(若者)が、なかなか水を手に入れることができず、水が湧くときには泉を守る鷹姫によって眠らされてしまう」という
話です。簒奪者たちは、泉の湧くのを長年待ちつつだんだんと岩になってしまう。それが連続し、岩のコロスになっている。永遠に繰り返される若者の挑戦と、それが見事に覆されて人間が果てていくとい
う循環が、作品のキモです。
全体の世界観はイェイツで包みたいと思っているので、「鷹姫」に絡めてイェイツの素敵な詩を何点か、最初と最後に朗読しようと思っています。
私はずっと演出と、クーフリンという端国の若き王子をやっておりました。初演の時のクーフリンが父の野村万作。私はその後を継いでいる。もうまもなく60になりますので、今回は息子の野村裕基に譲りました。三代連続でクーフリン役をやるのは、多分初めてでしょう。
―OEKはコロスのような形ですか。
泉があって、それを守る姫と、岩たちのコロスがあって、その外側に囃子方がいて、さらに外側にはオーケストラ。だんだん重層的になっている。OEKの皆さんには精密に動いていただくことも必要かな。とはいえ、70年代前衛みたいなことをしようとは思っていません。広上さんから推薦していただいた曲の中で、絡める部分があれば絡むかもしれない。能の方はある種の形ができているもので、そこに割って入っていただくので、広上さんが大変かもしれないという気もします。
オーケストラの場合は譜面があってそれを弾くということでしょうけれども、もうすこしオペラに寄るというか、演劇的なものを一緒に作っていただくことになる。場合によっては囃子とのコラボレーションとして、必要なものをお願いするかも。

―イェイツについて教えてください。
ノーベル賞ももらった非常に高名な詩人ではありますけれども、アイルランド、ケルト文学というものを背負っている。ケルトというのはキリスト教の文脈とはまた違う、ちょっと不思議な、どちらかというと日本に近い部分もあるんじゃないかと思います。自然の霊力みたいなものに対する畏怖がある。そういった文脈を多少なりとも理解しておく必要があるかもしれないですね。
また一方で、イェイツは非常に平和主義ではあるけれども、女性に対する強い憧れがあるようです。女性が守る泉というのは、一種、女性そのもののイメージ。歓喜の時が来る、永遠の命を授ける水が噴き出すということが、女性のエクスタシーにもかかるようなダブルミーニングがある。そこに果敢に挑んでいく男性たちがいる。イェイツが言う絶海の孤島は、基本的には女族の島で、そこに切り込んでくるのは猛者たる男性陣だけれども、結局は永遠の水を得ることもなく岩化してしまう。そういう空虚に、永遠の命ということを女性性になぞらえている。生命を育む、ということもあるのでしょう。男はあくまで挑戦者で、反乱者。どうもそういう世界観が、イェイツの中にはあるようです。
―作品に外国の視点は感じますか。
日本化された能の中での解釈に入っていますから、能を見慣れた人には世界観が顕著に違うことはないでしょう。けれども、地謡と囃子方が分業しているのがお能ですが、もっと古代のお能の形のようにコロス、つまり地謡の人、が役をやったり、地謡になったり。集団でいったり、個の役になったり、入れ替わり立ち替わりするのはどちらかというと珍しい。輪唱などが入るのも、手法としては珍しい。
―OEKの演奏曲には、所謂「現代音楽」が並んでいますね。
創作年代でいうと武満さんたちの一昔前にできたのが「鷹姫」ですから、時代感は共通かもしれません。でも、根幹が音楽より「鷹姫」のストーリーやそのテーマです。もちろん音楽自体を2次元的には聴くわけですけれども、3次元的に起こっていることの中で現代曲も理解する。全く違う意図で作られた曲が並びつつも、ひとつの「鷹姫」の世界にマッチングしていけばいいなと思っています。 イェイツも前衛、この新作の「鷹姫」も前衛、今回の現代曲も前衛。そこでひとつ括れる作業ではないかな。
テーマは、単純すぎるぐらい単純。「永遠の命を望む人間がいても、なかなかそうはならない」って、それだけの話なんです(笑)。そういう憧れは、どの時代でもどの国でも、みんなどこかで思う、一種の永遠のテーマですから。人間、永遠の命などと考えたときには、はっきりと答えは出せないし、「死にたくない」と思っても混沌としたことになるじゃないですか。そういう「混沌、すなわち前衛」みたいな世界観になるのでしょうか。言葉のイメージ、音楽のイメージ、また能や狂言による身体のイメージ、それら3つがコラボすることで、命について考えることになれば、と思っております。



MANSAI CREATION BOX Vol.4 ~萬斎のおもちゃ箱~
現代能「鷹姫」とオーケストラコラボレーション
○演出・語り:野村萬斎(石川県立音楽堂アーティステック・クリエイティブ・ディレクター)
○指揮:広上淳一(OEKアーティスティック・リーダー)
○出演:老人/大槻文藏(シテ方観世流 能楽師 人間国宝)
鷹姫/大槻裕一
空賦麟(くうふりん)/野村裕基
○チェロ:植木昭雄
能「鷹姫」
「イェイツ詩集」朗読
武満徹/弦楽のためのレクイエム
武満徹/3つの映画音楽
西村朗/鳥のヘテロフォニー
渡辺俊幸/O Wonderful
尾高惇忠/独奏チェロのための<<瞑想>>
A席 ¥4,000/B席 ¥2,500
※25歳以下当日券50%オフ(要証明書類)
※OEK定期会員、邦友会会員SS・S席 ¥1,000割引、A席 ¥500円割引
※未就学児入場不可

PROFILE
野村萬斎 Mansai Nomura
祖父・故六世野村万蔵及び父・野村万作に師事。重要無形文化財総合指定保持者。
東京芸術大学音楽学部卒業。「狂言ござる乃座」主宰。
各分野で非凡さを発揮し、狂言の認知度向上に大きく貢献。
現代の日本の文化芸術を牽引するトップランナーのひとり。
観世寿夫記念法政大学能楽賞、紀伊国屋演劇賞、芸術祭優秀賞、
読売演劇大賞最優秀作品賞、2024年5月坪内逍遥大賞など受賞多数。
石川県立音楽堂アーティスティック・クリエイティブ・ディレクター、
全国公立文化施設協会会長。