2026-2027《継承》ホールに響く、音の幸
2026年は故・岩城宏之初代音楽監督の没後20年、音楽堂開館2 5周年、定期公演第5 0 0 回を迎える、OEKにとって節目の年。まずは岩城宏之という巨星が金沢にもたらしたものを今一度振り返り、井上道義、マルク・ミンコフスキと歴代のシェフが時代をつないで音楽堂という本拠地で形作られた「OEKの音」とは何か紐解こう。 そして、広上淳一(OEKアーティスティック・リーダー)率いるOEKが新シーズンでそれをどう《継承》するのか―新しい時代はその時代を生きる人々が切り開き形作るもの。その一歩を踏み出すOEKのラインナップをご覧いただきたい。
- TEXT / 寺西基之(音楽評論家)
故・岩城宏之がOEKにもたらしたもの
オーケストラ・アンサンブル金沢(以下、OEK)の初代音楽監督岩城宏之が世を去って今年で20年、若い時から日本を代表する指揮者として活躍した彼だが、後半生はOEKの活動に特に力を入れ、わが国有数の楽団に育て上げた。

OEKの設立は1988年だが、それまでクラシック音楽界で話題に上ることがほとんどなかった金沢という都市に新しいプロ・オケが誕生したことは当時大きなニュースになったものだ。岩城はクラシック音楽の土壌があまりない都市であることを逆に生かして、既存の日本の楽団とは全く違ったオケを育てようとした。彼はもともと日本の音楽界における不条理な点にはっきりと物申す人で、オーケストラ界の様々な問題についてもいろいろ感じるところがあったのだろう。理想的なオケを一から作り上げるには音楽界のしがらみのない金沢は格好の場所だったに違いない。

実際OEKはそれまでの日本のオケの枠には嵌らない独自性を持った楽団として、設立当初から注目された。プロ・オケとしては初めての常設の室内管弦楽団という編成をとったこともそのひとつだが、そのメンバー構成にあたって岩城が拘ったのは、楽員の国籍を問わずに外国人を多く採用することで、そこには高い演奏水準と国際感覚を持つオケをめざそうという思惑があった。

レパートリーの点でも斬新だった。岩城は地方オケにありがちな名曲路線で客を呼ぼうということをせず、室内楽団に相応しい様々な曲目をプログラムに入れた。特に現代音楽、中でも日本人作曲家の作品を積極的に取り上げたことは、若い時から初演魔といわれるほどに現代曲の初演を重視してきた彼ならではの方針だった。ひとりの作曲家と期間契約を結んで新作を委嘱するといったコンポーザー・イン・レジデンス(現コンポーザー・オブ・ザ・イヤー)の制度を設けたのもその一環だ。
当初クラシック自体にまだなじみのなかった金沢の聴衆からはそうした現代曲に対する拒否反応もあったと聞く。しかし岩城は根気よく現代曲を紹介し続け、聴衆が自然にそれを受け入れられるようにしていった。彼はオケを育成したばかりでなく、金沢の聴衆も啓蒙し、金沢を音楽都市にしていったのである。

岩城の大胆な発想と行動力は、例えばモーツァルトの交響曲全曲ツィクルスという当時としては前代未聞の6年がかりの壮大な企画を東京と名古屋で実施して、OEKの実力をアピールしたことにも現れている。

こうしてOEKは日本のオーケストラ界に新風を吹き込んだ。岩城宏之の没後20年を迎えた今、OEKの原点を見直しつつ、改めて彼の偉大な業績に思いを巡らしたいものである。
